御縁玉⑤ タカサキセンセイの話

2008年01月27日

ご縁がつながって熊野磨崖仏へ 

滞在2日目は、「夢双庵 たなこころ」へ行き、

タカサキセンセイと、そば打ち体験。


タカサキセンセイは、1年前に公務員を退職し、ふるさとの山ン中(すんごい山奥)に

そば工房を建てた夢のあるおじさん。

 

真ちゃん(夫)の紹介で、タカサキセンセイにで出会ったのは、11月頃だった。

センセイと名のつく人は、苦手な私だけれど、作務衣を着て、そばを打つ姿は、

どこから見ても「教師だった人」には見えない。

 

センセイのにおいがしないセンセイって珍しい。

珍しい人と、珍しいお客さんが、出会うとおもしろいかも?と、

思い、かる~い気持ちで行ったんだけど、楽しいのなんのって!

 

 

健ちゃんをみたとたん、

「いやいや、よう~おいでました! この谷にフランスからお客さんが来たのは、

はじめてじゃ。ありがとう。ありがとう。」

 

と、大喜びで歓迎してくれた。

 

 

さっそく工房へ…と思ったら、タカサキセンセイが

 

「う~ん…ジャンパーとズボンではちょっと感じがでない」と言い、

二階へタタっと上がり、ウグイス色の作務衣を持ってきた。

 

「これを貸しましょう。着てください」

タカサキセンセイご愛用の作務衣をきこなした健ちゃん 

 


着替えた健ちゃんを見て、タカサキセンセイは言った。

 


「不思議だなあ。あなたは、フランス人!?日本人!?

作務衣が、ぴったりじゃ。」

 

 

ここのそば打ちは、そば粉に水をさすところからはじまり、生地を練り、

のばし、包丁で切るところまで、ぜんぶ各自で体験する。

「そばは、繊細なリズムです」な~んて言いながら、包丁で切ってみせるタカサキセンセイ。

健ちゃんの横にいるのは、カズ。(うちの息子ちゃん)   

 

 

教えるタカサキセンセイの語りは、

 

「そばは人生そのもの」という絶妙な物語になってゆく。

 


たとえば、そば粉に水をさすとき。

 

「人間は、一人一人ばらばらです。

しかし、いつのまにかこうしてちいさな固まりを作る。

小さなグループです。小さな固まりが、たくさんできるのはいいことです。

しかし、ひとつひとつの固まりがしっかりしていないと、大きな固まりになった時に、

実に弱くもろいもんです。

大切なのは、小さなグループが、あせらず、ゆっくりと練って練って生きていくこと。

あわてず、時がくるのを待つ。人もそばも、そうして育っていくのです。」

 

 

な~んて言いながら、ボールの中のそば粉を手でくるくる混ぜる。

 

 


「練った生地は、耳たぶのやわらかさですよ。」と言いながら、

健ちゃん、真ちゃん、カズのテーブルをまわる。

 

そして、急に叫んだ。

 


「ちょっと!ちょっと!みなさん!健ちゃんの生地は、すばらしい。

ああ、まるで、赤ちゃんの耳たぶです。そばは、リズム。

そばは、音楽そのものじゃ。」

初心者なのに、赤ちゃんのみみたぶのような生地にしあげた健ちゃん。
包丁で切るまえに、生地を、なでな~でしている。

 


健ちゃんの真剣さと、器用な手つきに見とれ、横顔をじいっと見ながら、こんなことも言った。

 


「う~ん…あなたは、どうも熊野の磨崖仏のお顔に似ちょる。

どこで生まれてどう育った人か、知らないけれど、

この国東半島にくるべくしてきたんじゃないか?

私は、あなたに、はじめて会ったような気がしない。なぜじゃろう…」

 

 

 

真ちゃんやカズの作ったそばは、だんごじるみたいに太かったけれど、

健ちゃんのそばは、糸のように細く美しかった。

できあがったそばを、みんなで食べながら、お酒を飲んで意気投合。

タカサキセンセイは、「師弟関係を結ぼう~!」とか言いながら、

作務衣をプレゼント。何回もハグしていたっけ。

たなこころで、ハグするタカサキセンセイと健ちゃん

 

 

ノリノリの二人をデジカメで撮りながら、ふと、床の間を見ると…

すてきな書が、掛けられていた。

「タカサキセンセイ、これ、センセイの書?」と尋ねたら、

センセイはスット立ち上がり読み始めた。

 


「はい。知る人ぞ知る 滝口武士さんの詩です。


『磨崖仏 (中略) 人里遠い所 忘れられて 生い立ちもはっきりせぬ 偉大な藝術品。

(中略)

信仰のひたむきな 熱と力で のみをふるったであろう 佛僧や佛師。

(中略)

粗くたくましい 暖かい血の通っている作品。自由奔放 真実みあふれる

地方文化の花庶民の魂の結晶 磨崖仏』 

 

ああ、健ちゃん、まるであなたのようじゃ。

あなたは、どうも、熊野の磨崖仏さんに会ったほうがいい。いえ、会ってほしいなあ。」

 


「ワタシ、行きます!」

と健ちゃん。

 

 

「ええ~!? あの山のてっぺんまで、長~い石段を、チエロをかついで登るの!!??」と、

みんなびっくりこけたけれど、なりゆきで決行。

 


ちらちら雪の降る1月2日、みんなで山に登った。

もちろんタカサキセンセイも一緒。


(健ちゃんは、チエロをかつぎ、あっという間に石段を登った。

なんちゅうことなかった。あたし、フラフラ…降りたとたん、道でバタンキュー。)

 

 

大きな岩山に彫られた磨崖仏さんの前で、聞くチエロの音は、

透明な空気の中で響きわたり、たまらなくきれいだった。

 

 

タカサキセンセイと健ちゃんの出会いに、ありがとう。

 

 

※そば打ち体験工房 夢双庵 たなこゝろ  →→→http://tanakokoro.jp/

 

 




コメントをどうぞ!

こんばんは。アンビリーバボーを拝見させていただきました。とても感動しました、。昨年の夏、ふだんとても、元気よく、身の回りのことは、ひとりでほとんど出来ていた父が突然倒れて、生死の境をさまよった時本当に頭に中が真っ白になりました。母と二人ではどうしていいか分からず、とりあえず、静岡に居る弟と、東京に居る長女を呼び戻したけれど、でも、オーストラリアに留学中の次女に連絡するのをためらっていましが、父の今を私に置き換えた時、絶対にあいたい、会わなければいけないと思い、連絡すると娘は自分の生活費を全て航空券に変えて、帰ってきてくれました。意識が朦朧とする仲での再会だったので、夢か現実か本人はよく分からなかったらしいけれども、それから日毎に回復して、今まで見た事の無い、笑顔と素直な態度に、私たちはびっくりしました。本人は全く意識の無かった事は覚えてないらしく、思わぬ病気で、ばらばらの家族が病室で、勢ぞろいして、苦笑いでした。もしあのままと思うだけでぞっとします。普段の健康と家族の有難さは、本当に心底、感謝しました。山田先生の「いのちの授業」で半年経った今また再認識させられました。ありがとうございました。
また先生のブログの中で、高崎先生とのご縁のお話でびっくりしました。生涯学習センター在職中にお世話になっていたので、とても
興味深く、楽しく拝見しました。相変わらず大きな身体、全身全霊で頑張っている姿を拝見できて、軽妙なる受け答えのその場にいっしょに居たかのような気持ちになり、涙を流しながら、笑ってしまいました。でも、先生の絶品のそばは一度食べたら忘れられずに、次女など夢に先生のそばが出てくるらしく、妙なトラウマに悩まされて、先生以外のそばを一切受け付けなくなってしまいました。きっとフランスの健さんも強烈な先生ととそばの出会いが時々夢に出てくるのではと思いますが・・・・
最後になりましたが、とにかくご自分の体調を第一にあまり無理しないで、日本中の、また世界中の大切な人を明るく楽しい、方向へ
導いてください。
先生のお元気でのご活躍をこころよりお祈りします。

投稿者古賀すみ子:2008年02月04日 01:20