1月28日~25年ぶりの再会~
「あの…マサシです。仕事で小倉に来たので、
ちょっと顔を見に行っていいかな?」
「はあ~!? マサシ!? ああ、中学の時同じクラスだったマサシ!?
なつかし~い。」
少し前の朝日新聞の「人脈記」を読み、
「もしかして、泉…再発したの…?」と心配になり、
ブログを開き、近況を知り、神奈川県から会いに来てくれた。
25年ぶりの再会だった。
夕方の六時すぎに宇佐駅へ、お迎えに行った。
暗い駅のホームで、ひよろっと背の高い人影あり。
じっと、顔を見あわせ、私たちは同じことを言った。
「あれ~! 中学のときと、変わってねーじゃん!」
真ちゃん(夫)もまじえ、我が家で夕食を一緒に食べながら、
2時間くらいおしゃべりした。
マサシは、中学の時も高校の時も、数学と理科が抜群にできたエリートくん。
私は、数学も理科も、おそろしくできなかったおバカさん。マサシは、おとなしい子。
あたしは、スーパーおしゃべり。マサシは大学院を卒業し、大企業の研究者。
あたしは、田舎の保健室のおばさん。お互いピッタリの仕事に就いたってわけ。
マサシは今、半導体の堅くて薄いセラミックスの研究をしているという。
「そげなことして、おもしれーん?」と聞いたら、「すごく、おもしろいよ」と言った。
マサシが大学院生の時、私はすでに仕事をしていたので、
ヒマなマサシを助手席にのせて、休みの日に、
趣味のボランティア(養護学校とか、病院とか、小学校とか)に
つきあわせたっけ。
相変わらずおしゃべりなあたしと、ニコニコ無口なマサシのままだったので、
マサシの話はろくに聞かないまま食事会終了。
「ちょっとお~、私はどういう子だったか、少しくらい覚えちょる?
なんか、話してん」と言ったら、
「泉は、昔っからあちこちに友達がいて、にぎやかな人じゃった。」と、ひとこと。
子どもの時と同じように、静かで穏やかなボクちゃん。
そうだった。そうだった。
マサシといると、会話が楽ち~んなので、兄弟のように気があったんだよなあ。
駅のホームでお別れするとき、マサシは小さな声でこう言った。
「イズミ、いろいろ…ありがとう。それが言いたくて、来たんだ」
??????
「ん? 私、何かしてあげたっけ?」と、言いながら、
「じゃあ、またね」と握手。
八時の汽車で、マサシが帰った後、母に、電話した。
「あんな~、さっき、マサシが会いにきてくれちょったんで。」と言ったら、
「あんた、お礼言うたかい?」と。
「なんの?」と尋ねたら、
「あんた、数学の宿題は、さっぱりわからんからっちゅうて、
いつもマサシくんにしてもらいよったじゃねーかい。
マサシしょちょって!っち、よういいよったで」
へ? 私って、そんな少女だったの…?。
ああ、言いそびれてしまった。
「マサシ、こっちこそ、あの時はありがとう。」
再会は、病気がくれたプレゼント。
会いたい人には、会っておこう。
行きたいところには行っておこう。
明日死んでもいいように、今日を生きよう。
そんな風香さんの詩が、ふっと浮かんだ一日でした。
コメントをどうぞ!
投稿されたコメントは要承認コメントとして取り扱われ、承認作業が完了するまで表示されないことがあります。
