1月28日~25年ぶりの再会~

2008年01月30日

「あの…マサシです。仕事で小倉に来たので、

ちょっと顔を見に行っていいかな?」


「はあ~!? マサシ!? ああ、中学の時同じクラスだったマサシ!?

なつかし~い。」

 

 

少し前の朝日新聞の「人脈記」を読み、

「もしかして、泉…再発したの…?」と心配になり、

ブログを開き、近況を知り、神奈川県から会いに来てくれた。

25年ぶりの再会だった。

 


夕方の六時すぎに宇佐駅へ、お迎えに行った。

 

暗い駅のホームで、ひよろっと背の高い人影あり。

 

じっと、顔を見あわせ、私たちは同じことを言った。

 

「あれ~! 中学のときと、変わってねーじゃん!」

 

真ちゃん(夫)もまじえ、我が家で夕食を一緒に食べながら、

2時間くらいおしゃべりした。

 

 

マサシは、中学の時も高校の時も、数学と理科が抜群にできたエリートくん。

私は、数学も理科も、おそろしくできなかったおバカさん。マサシは、おとなしい子。

あたしは、スーパーおしゃべり。マサシは大学院を卒業し、大企業の研究者。

あたしは、田舎の保健室のおばさん。お互いピッタリの仕事に就いたってわけ。

 

マサシは今、半導体の堅くて薄いセラミックスの研究をしているという。

 

「そげなことして、おもしれーん?」と聞いたら、「すごく、おもしろいよ」と言った。

 

マサシが大学院生の時、私はすでに仕事をしていたので、

ヒマなマサシを助手席にのせて、休みの日に、

趣味のボランティア(養護学校とか、病院とか、小学校とか)に

つきあわせたっけ。

 


相変わらずおしゃべりなあたしと、ニコニコ無口なマサシのままだったので、

マサシの話はろくに聞かないまま食事会終了。

 

「ちょっとお~、私はどういう子だったか、少しくらい覚えちょる? 

なんか、話してん」と言ったら、

 

「泉は、昔っからあちこちに友達がいて、にぎやかな人じゃった。」と、ひとこと。

子どもの時と同じように、静かで穏やかなボクちゃん。

 


そうだった。そうだった。

 

マサシといると、会話が楽ち~んなので、兄弟のように気があったんだよなあ。

 

 

 

駅のホームでお別れするとき、マサシは小さな声でこう言った。
「イズミ、いろいろ…ありがとう。それが言いたくて、来たんだ」

 

 

??????

 

 

「ん? 私、何かしてあげたっけ?」と、言いながら、

 

 

「じゃあ、またね」と握手。

 

 

八時の汽車で、マサシが帰った後、母に、電話した。


「あんな~、さっき、マサシが会いにきてくれちょったんで。」と言ったら、

「あんた、お礼言うたかい?」と。


「なんの?」と尋ねたら、

 

「あんた、数学の宿題は、さっぱりわからんからっちゅうて、

いつもマサシくんにしてもらいよったじゃねーかい。

マサシしょちょって!っち、よういいよったで」

 

 

へ? 私って、そんな少女だったの…?。

ああ、言いそびれてしまった。

 

 

「マサシ、こっちこそ、あの時はありがとう。」

 

 

 

再会は、病気がくれたプレゼント。

 

 

 

会いたい人には、会っておこう。
行きたいところには行っておこう。
明日死んでもいいように、今日を生きよう。

 

 

 

そんな風香さんの詩が、ふっと浮かんだ一日でした。