お騒がせしています

2008年01月31日
ブログを読んだ友達から、あたしが、明日死ぬのではないか?

と心配して、電話がかかったり、メールが届いたりするので、追記です。

 

 

昨日書いた詩の一部は、私が書いたのではなく、

永六輔さんのラジオ『誰かとどこかで』で、

遠藤泰子さんが朗読していた風香さんの詩なんです。

 

 

心にじんときた大好きな詩だったので、その一部がマサシとの再会で頭に浮かんだってことで~す。

 

その詩はこちらのページからどうぞ。

http://www.geocities.jp/tyounomauoka/ashitademo.kaado.html

 




コメントをどうぞ!

はじめまして。私は福岡県の九州女子短期大学で養護教諭を目指す21歳の学生です。
今日、テレビ番組「アンビリーバボー」で、山田先生のなさっている、「いのちの授業」を拝見いたしました。
私自身とても心を打たれ、いても立ってもいられず、コメントをお送りすることにしました。
先生の「いのちの授業」、私もぜひとも受けてみたいです。先生にもお会いして、いろんなことを教えていただきたいです。
お忙しいと思いますが、何とかお時間を作っていただけませんか。
よろしくお願いします。お返事いただけたらうれしいです。

              鈴木弥生 

投稿者鈴木弥生:2008年01月31日 21:08

先ほど、テレビ番組の「奇跡体験 アンビリバボー」拝見させていただきました。
恥ずかしながら、初めて『いのちの授業』というものをしりました。
とても感動し涙が出てきました。

去年の夏、祖父をがんで亡くしたばかりですっと心に響いてきました。
感謝の気持ちがあっても、日々の忙しい生活の中でついつい忘れがちになってしまいます。
今日いのちの授業を少し拝見させていただき、やりたい事はやって、伝えたい事はつたえなきゃって改めて思いました。
いつ今日が最期になるかわからないんだから素直にならなきゃ、後悔するかもしれない。
現に祖父が亡くなった時、いっぱい可愛がってくれた恩返しをもっとすればよかったと悔やみました。
しかし、祖父の分の恩返しを周りのみんなに返していきたいと思います。
感謝の気持ちを忘れないように、日々胸に刻み悔いのない人生を歩んで生きたいと思います。

山ちゃんさんも、残りの人生悔いのないように、多くの子供たちに命の大切さが伝わるよう、頑張ってください。


今日のテレビで山ちゃんさんが大好きと言った「生きているということは…」という詩がとても良かったです。
しかし、覚える事ができなかったのでブログなどに載せていただけると嬉しいです。


投稿者凛:2008年01月31日 21:56

こんばんわ。はじめまして。
私は兵庫県の中学校で養護教諭をしています。今日「アンビリーバボー」で山田先生の「いのちの授業」の様子を拝見しました。
番組の中で、以前先生の勤めておられた学校で生徒たちの“殺すぞ”“死ね”などの言葉に驚き、心を痛める場面に共感しました。

私自身、6年前、当時18歳だった弟を事故で亡くし、生きているということは当たり前じゃない、自分はみんなに支えられて生かされている、ということを痛感しました。
そしてこのことを生徒にも伝えられたらと思いながら出来ていませんでした。先生の「いのちの授業」を生徒と一緒に受けてみたいと思い突然ではありますがコメントさせていただきました。

ぜひいろいろご指導ください。先生に学び、私もいつかは自身の言葉で「いのち」を伝えられる教師になりたいです。

投稿者吉本彰恵:2008年01月31日 22:02

はじめまして!
先程、奇跡体験アンビリーバボーを拝見させていただき、メールさせていただきました。
私は北海道札幌出身、現在大学へ通うため上京している今年22才の女子です。

番組を見て、初めて泉さんの存在を知りました。涙、涙でした。

私自身、祖父母が癌で亡くなっていること。
私も将来は癌で亡くなるのではないかというおもい。
そして何より、中学生のときのクラスメイトの女の子の母親が乳癌で亡くなったときの悲しみがよみがえりました。

私の家系は代々肺癌で亡くなっています。
中学の保健の授業で先生が
「身内で癌の人がいるひとは少なくとも癌細胞を持っていますからね。」
と言われたのを今でも鮮明に覚えています。
それが真実かそうではないかは分かりませんが(私にとって、癌細胞を持っているか持っていないかは問題ではないとおもったので追究しませんでした・・・笑)
気にしていた時期は確かにありました。

私を大きく変えたのは
クラスメイトの母の死でした。

ある朝
担任の先生が報告しました。
何か、起こってはいけないことが起きてしまったんだと・・・怖かった。

もう、何も変えることの出来ない現実を目の前に突きつけられたのは、それが始めてだったような気がします。

その子と部活が一緒だったので
母親が癌であることは知っていました。

ある日の学校で彼女が私に手紙をくれたんです。

「お母さんが乳癌なんだ。薬もたくさん飲んでるから髪の毛なくってツルツルなんだ。この前の参観日に髪の毛あったのは、かつらだったからなんだ。脇の下とか足とかにも、たきさんイボが出来ててね、可哀想なんだ。」

そんなことが書き綴ってありました。

しかし私はヒドイ人間だった。
彼女の言葉を信じることが出来なかった。
今思うと、親に甘えたり悩みを打ち明けたりしたい年頃なのに、それが出来ないストレスを彼女は抱えていたんだと思います。

そのストレスで、小さな嘘や、わがままな言動が目立つ彼女は、クラスから距離をおかれている時期がありました。

そのせいで、私は彼女に何もしてあげなかった。

彼女の母がなくなった。

クラスみんなで葬儀に行った。

残された家族はなんて無様なんだとその時は思った。

何も出来なかった私が無様なだけなのに。

彼女に話しを聞くと
彼女の母親は、自分の寿命を悟り、
薬代が無駄だと考え、薬を拒否していたという。

彼女の母親が外出許可をもらったときも
部活帰りの彼女の帰りが遅いのを心配し
電話をかけてきた。
「今かえってるからー!もう、うるさいなぁ!」と彼女は返した。

まさか数日後に亡くなるとは思いもせずに。

私の中には「もし」がたくさん生まれました。

もしあのとき彼女にこういってあげてたら・・・

もしあのとき彼女を少し叱ってあげたら・・・

もしあのとき彼女の言葉を心で受け止めてあげたら・・・

でも歴史に「もし」はない。

そう思ってから私は努力しました。
彼女にしてあげられることは全部しようと。
彼女は自分を強く生きるために思ってもいないことを口走っては彼女自身や他人を傷つけます。そんな時も素直になるよう叱りました。彼女に嫌われてもいい。でもあなたのことを「どうでもいい」と思っているとは思われたくなかった。

母親がいなくても「人生捨てたモンじゃないかも」って思って欲しかった。

彼女は学校に来なくなった。
私は担任の先生に頼まれた花とおかゆを持って彼女の家に通った。

今すぐわかってもらえなくても
いつか彼女に「残る」自分でいたかった。

今では、この頃の話を二人で振り返れるほどにまでなって、最近ではありますが、彼女の部屋に母親の写真が写真立てに入って飾ってあったときは彼女が長い時間をかけて踏み出そうとしてきた大きな一歩を感じました。

もしあのとき
命の授業があれば
彼女に対するバックアップがみんなでできたかもしれないのに。

久しぶりに「もし」と思いました。


私たちは
命に敏感すぎるふりをして
あまりにも鈍感すぎる。

命は大切だということが
1+1=2と同じレベルで教えられる。

命のレベルはそんなレベルじゃない。
1+1=2ではない
「命の授業」を受けたかった。
そうしたら彼女の気持ちの
あと少しはわかってあげられたかもしれない。

二人で母親について考えて話して
私たちも頑張ろうって立ち上がれたかもしれない。

私の力不足を感じたのは
彼女が高校を辞めたとき。

彼女の母親は天国でどう思っただろう。
私のこともどう思っただろう。

少なくとも感謝はされていないだろうなぁ。

でも、彼女の母親と彼女が私に教えてくれたものの大きさは計り知れません。

泉さんはとても素敵な人だと思いました。
親友に電話をして、助けてもらって、恩返しをして・・・

簡単そうで、簡単じゃないと思います。
クラスで3人しか頼れる友達がいないという現状、なんかわかります。

私もそうかもしれませんが
今の時代
人を頼りにくい・・・。
自分の評価が気になるから・・・。かな?

泉さん、応援しています!!
私、心に残る歴代人物いろいろいるのですが
泉さんは私の中に一生残る人物です!!

そのことだけは
覚えていて欲しいです。

人とのつながりって暖かい。
例えPCを通してでも
暖かいです。


投稿者☆さっちゃん☆:2008年01月31日 22:18

メールありがとうございます。残念ながら今日の番組を見る事は出来ませんでした(;_;)
昨年の夏休みに「昭和の町」に行き、先生のご実家のお店にも行きました。
昔を思い出すと先生より私の方が遥かにお喋りだったので私の先生のイメージはお喋りではないのですが…。
東京にいらっしゃる際は宜しければご連絡下さい(^-^)/

投稿者小野美香:2008年01月31日 22:27

昨年放送された番組,今日の番組,両方見ることができました。
私は,山梨県で小学校の教員をする者です。私も,3年前,胃ガンの診断をくだされ,胃を切除しました。そのとき,両足で立てること,食事のとれること,今まで当たり前で考えもしなかったことができるということのありがたさを知りました。生きるってことのすばらしさを知りました。
山田先生の何十分の一かもしれませんが,私も病気をしてから,目の前の子どもたちに生きることのすばらしさを伝えようとがんばっています。
再発の恐怖は未だに消せませんが,私もしっかり生きようと思います。
山田先生もがんばってください。

投稿者志田市造:2008年01月31日 23:20

はじめまして。
私は愛知県の中学校で養護教諭をしています。
昨日のアンビリーバボーを拝見させていただきとても感銘を受けました。ありがとうございました。この気持ちを伝えたくなり思わずメールしました。
日頃、中学生は口癖のように「死ね」「うざい」「きもい」と人を中傷するような言葉を当たり前のように使っていて、とても共感しました。常々私は【生】の授業があって、何故【死】の授業がないんだろうと思い、いつか授業をしたいと思っていました。
1度きりの人生子どもたちにも大事にして欲しい、先生のような授業をしてあげたいとすごく思いました。まだ養護教諭になりたてで、生徒の対応で手一杯な毎日。でも将来私も「いのちの授業」をしていきたい、しようと先生のおかげで思いました。
本当にありがとうございました。

投稿者石川いづみ:2008年02月01日 11:04

 初めまして。鹿児島のきららです。昨日の番組を拝見させていただいて勇気をもらえました。

私は生まれつき筋ジストロフィーという難病で6歳から入院生活をしてます。

去年は心臓も弱りペースメーカーをいれる手術をしたり、脳塞栓で倒れ生死の境をさまよいました。

精神的にもとてもしんどく「こんなにつらい想いをして生きる意味は?」と挫けたり・諦めかけてました。

希望をうしなってました。

けれど、テレビでですが山田先生と出会えることができて。素敵な話に触れ、素直に感動しました。

人との出会いって素晴らしいですね。

私も生きられる限りに精一杯に生きて、今まで出会った人たちに恩返しができたらと。私にできることは小さなことですが生き甲斐をみつけられました。

また、新しい出会いを求めて明るく前向きに生こうと想います。

素敵なモノをいただきました。ありがとうございました。

山田先生も無理をされぬよう、お体を大切にされてください。

これからもお邪魔させてください。

失礼します。

投稿者きらら:2008年02月01日 11:18

 山田 泉さま
 群馬県高崎市の矢島(小児科医)です。「アンビリバボー」観ました。
 昨日は小学校の学校評議員会があったので、「お連れ合いは、群馬の大学卒なんだって」の言葉を添えて先生達にも「観て下さい」と伝えまくり・・・観てくれたかなあ。
 日記にはほぼ毎日お邪魔しているので、気持ちは共ぶれのつもりでいます。
  「チェロ」をめぐる話では、深まっていく内容に驚いています。癒しを全身全霊で受け止めていく泉さんが小出しに明らかになっていき、・・・音楽療法の深さを教えていただいています。続きが楽しみです。
 いのちの厳しい現実の中でも、命がけで子ども達に向き合う姿に、繰り返しエネルギーを頂いています。
 事柄は違いますが、大分でお会いしたとき、私たちは経済的・精神的危機からやっと切り抜け始めたところでした。
 無着御夫妻に見守り・支えていただいて、医師となり、30数年理想を持って医療に携わってきましたが、「経営」ということに疎く、経済性のない理想に走り、些細な躓きが引き金となって「危機」。
 後に続く世代に良い医療をバトンタッチできるか?という課題の中での日々です。
 私自身、週に6日診療・2日当直・24時間電話相談可という63歳の老体には限界に近い状態ですが、「与えられたいのちを、許され生かされている」事に感謝しています。~泉さんのあり方そのものが、私にそう信じさせてくれています。
 激しい叫びを聴きながら、今日までお便りせず、ごめんなさい。
 これからは、整わなくても、時々メールします。
 心に平和がありますよう、祈ってます。
 矢島晶子(私信)
 
   

投稿者矢島晶子:2008年02月01日 11:55