西日本新聞コラム 「小さな芽が出始めた」 5月18日

2008年05月23日
49歳の誕生日、ふうちゃんとみいちゃんが自宅にやってきた。

二人は、私が養護教諭、いわゆる「保健室の先生」として勤めた

 

 中学を5年前に卒業した。

 

 

 

「山ちゃん、21人みんなからの、今の写真とメッセージだよ!」。

 

 

 

届けてくれたボードには、同級生全員のはじけるような笑顔と

 

メッセージカードがいっぱい!

 

 

 

「バイトと就職活動が、大変です!」

「広島で働いています」

「大学でサークル活動を楽しんでいます」

「3月に結婚します。赤ちゃんも生まれます」 

 

 

 

 

子ども達は、ぐっと成長していた。

 

 

 


転勤するまでの2年間のつきあいだったが、

 

「いのちの授業」を一緒に創った「同志」たちとの交流は続いている

 

大学が休みになると、家事手伝いに来てくれる「秘書」もいる。

 

中でも二人は、

 

乳がんが再発転移し自宅で闘病中の私に今もたびたび会いにきてくれる。

 

 

当時ふうちゃんとみいちゃんは、この中学の保健部長と副部長。

 

「いのちの授業」の準備で、いつも一緒に奔走してくれた。

 

 


「いのちの授業」とは死を想い、どう生きるかを考える時間。

 

私の乳がん体験に始まり、車いすマラソンのランナー、性同一性障害の作家、

 

米国の海兵隊員…。

 

 

2年間で40人のゲストティーチャーを招き、

 

「今」を生きる人たちのオーラを体で感じて学んだ。

 

 


中でも稙田妙子さんとの出会いは、忘れられない。

 

稙田さんは、余命3ケ月と告知を受けていた。

 

 

「かけがえのない『いのち』を生きる」をテーマに

 

教室で語ってくれたのを機に交流。

 

 

二人は、亡くなる直前の「最後の授業」をホスピスで受けた。

 

 

 


「ハンセン病と人権」の学習で出会った菊池恵楓園の阿部智子さんとは、

 

今でも行き来を続け、智子さんは二人を孫のようにかわいがってくれる。

 

 

 


今、ふうちゃんは教師を目指し、みいちゃんは医療の仕事に就くために

 

全力投球している。

 

 

 


生や死を考える授業は、点数では表せない。

 

 

でも、次の世代を生きる子ども達に小さな種をまけたのかも。

 

 

 

今も自宅に、大分県内外から子ども達が話を聞きに来てくれる。

 

収穫には間に合わないかもしれないけれど、種をまき続けよう。

 

 


ありがとう。子ども達。

 

 

私も、残された時間を大切にして、私らしく生きていくよ!

 

 

 

 

 

5月18日 西日本新聞教育面 転載




コメントをどうぞ!

誕生日おめでとう!
毎日が、生きている実感に溢れた日々でありますように。

投稿者柳戸民子:2008年05月25日 08:56

山ちゃん、少し遅れましたが、誕生日おめでとうございます。
今日の講演会は、いかがでしたか? 素敵な時間になりましたか? わたしは、昨日今日と合宿研究会でした。そこで、取り寄せた『いのちの恩返し』30冊完売しましたよ。

投稿者村末勇介:2008年05月25日 21:46

完売ですか!!??すご~~おい。えっと、余談ですが、あたしの誕生日は3月28日です。49歳です。50歳まで生きたいな。
なお、今日あたしは講演して10万円分の本が売れました。おそるべし。山ちゃん!です。みなさん、本当にありがたいことです。

投稿者山ちゃん :2008年05月25日 22:49