6月13日鹿屋上映会 山田真一

2009年06月15日

「ご縁玉」上映鹿屋実行委員会の吉永さん及びスタッフの皆さん、

上映有り難う御座いました。

 

また、この度もいろいろとご支援を頂いた種村エイ子先生、

有り難う御座いました。



 


去る3月21日(土)の鹿児島市黎明館での上映会や

5月23日(土)の岐阜県多治見市での上映会にお邪魔させて頂いて、

その折り、鑑賞された皆さんから感激の言葉や感動のお話を伺い、

映像を通して「山田 泉」を感じて頂けることに家族として、また、

連れ合いとして真に喜ばしい限りです。


 

スタッフの皆さん、今回も、人集めの大変な中、こうして、

上映会を開催して頂き、感謝申し上げます。

鹿屋の皆さん、鑑賞して頂き、有り難う御座いました。

 


昨年、旅だった泉さんですが、今後とも「山田 泉」の思いや人柄など

映像や本を通して少しでも多くの方々に伝わっていけますよう、

私たち家族も微力ではありますが、紡いでまいりたいと思います。

 

今後ともよろしくお願い致します。

 

山田 真一




コメントをどうぞ!

山田真一様

こちらこそ、ありがとうございました。
映画会を開催するのは初めてのことで、たくさんの方に広めることは、難しかったのですが、来ていただけた方には、「山ちゃん」の魅力とこの映画の素晴らしさを味わっていただけたと思います。
2日以上たった今でも、感動の余韻が冷めません。

余談ですが、別府で一人暮らしをしてた母は、一昨年肝臓がんで他界しました。「豊後高田に美味しいおそばを食べに行きたい」というのが母のささやかな夢でした。いつか、ぜひ豊後高田にお伺いしたいと思います。

最後になりましたが、ご家族の皆さんの、ご多幸を心からお祈りしています。
ありがとうございました。

投稿者鹿屋子ども劇場 吉永:2009年06月15日 23:25

山田真一様
 5月23日には多治見までお越しいただきましてありがとうございました。私どもの会でも映画の上映は初めてのことで、不安はいっぱいありましたが一人でも多くの方に、泉さんを知っていただきたい!そして、私達の住む地域に泉さんの花を咲かせたいと言う気持ちで当日を迎えました。
 当日は、「ご縁玉」上映、その後泉さんの取材をとおしてかかわりを持たれた朝日新聞社の記者・上野創さん、真一さん、ご長男さんらによります「泉さんのお話」、そしてミニコンサートの3部構成。100名の定員のところを150名受け入れてしまいましたので会場は、身動きが取れないほどでしたが、3時間という会はたいへん充実していました。ほんとうにありがとうございました。当日の感想を「東濃看護専門学校」の生徒さんよりいただきましたのでご紹介いたします。
東濃看護専門学校
 岡村 優
 
 “ご縁玉”ってどんな話だろう・・・と思っていた。上映がはじまった時から、自分が話の中に引き込まれていくのを感じた。
 産まれた所も育った環境も言葉も異なる人間同士が、あたたかい心でつながっているのを感じ、心に響くものがあった。山ちゃんもケンちゃんもそして家族も、流れる時間を一緒に過ごし、笑い、楽しんでいる姿が心に残り、人間は日常を生き続けているのではないかと感じた。
 「山ちゃんのために」というみんなの気持ちがひとつになり、造られた楽しさではなく、日常の中にごく自然に楽しさが存在していたように思った。そして山ちゃんも心から楽しんでみえた。
 人が人に伝えられる幸せの方法を見た気がした。共感という難しい言葉ではなくそこにはきっと互いに思い合う気持ちがあるとも思った。私も楽しい、あなたも楽しい、みんな楽しいということが、心から楽しいって思えることだと学ばせて頂いた。
 また、山ちゃんが行ってきた「いのちの授業」は子どもたちに伝わり、今なお生き続けている。映像からであったが私も山ちゃんに出会った。人の出会いが人をかえていく・・・「ご縁」って人間のもつあったかいものだと思った。
 人と人の出会いというものを大切にし、あったかい心を持ち続けられるような看護師になりたいと思った。


 中山 大力
 
 山田泉さんという人はとてもエネルギッシュな人で、まるで太陽のような人だと感じました。この人のそばにいると、周りはエネルギーをもらい元気になれると、思いました。
対談の中で、息子さんは「家では普通の母だった」、夫の真一さんも、内面はとても優しく、一緒にいてとても居心地のいい人だったと話されていた。山田泉さんは家族にとっては特別な人ではなく、普通の母親であったということだ。
 山田泉さんの「いのちの授業」を受けた中学生は、とてもよい経験をしていると思う。思春期という多感なときに、「命」というものに向きあい、真剣に考えることができるのだ。私が中学生の頃は、その日をただ生きているだけで「命」ということについて真剣に教える大人はいなかったし、機会もなかった。
中学生時代に「命」に真剣に向き合った子どもたちは、命の大切さや支えあうということを理解し、素晴らしい大人へとなっていくだろうと感じた。山田泉さんは亡くなっても多くの人達にその意思が受け継がれたことはとてもすばらしいことだと感じた。
 また、終末期の患者さんを支える家族は、今でこそ冷静に状況を話せると思うが、さぞ悲嘆にくれ、心労が大きかったかを、夫がうつ病を発症したということを聞いて感じた。当事者だけでなく、家族やまわりの人達の心労を少しでも軽くして、安らかな死を迎えられるようなケアをするのもナースの大事な役目だと改めて感じた。

 花田 未央
 
いのちと向き合うことは、何かのきっかけがないとできないと思いました。「いのちの授業」をされた山田泉さんは、乳がんを発病したことにより「いのち」について深く考えられ、多くの人に命の大切さを伝える活動をされたのだとわかりました。
「ご縁玉」の中の山田さんは、とても明るく生き生きとされており、ガンということが信じられませんでした。辛さや苦しは時折の涙の中に隠し、生かせるところを燃焼されたのだと思います。
そのことでありのままの姿を見せ、多くの人に伝えることが出来たのではないかと思いました。
「ホスピス緩和ケア」とは、また生きかえる場所、診断された時からケアは始まると山本看護師さんもお話されたように、山田さんのホスピスの使い方は参考になりました。
五円だまの出会いがケンちゃんのチェロによる癒しであったと思いました。ケンちゃんも何かしら相通ずることを感じられたのであろうと想像しました。チェロの音色には感動して涙があふれました。映像の中に同席した感じがしました。私も辛い事を経験した時は人に支えられて、元気になれました。いのちの大切さを知った時、人は成長するのだと思います。「生きていくということは人につくしていくこと」その通りであると思いました。


  林 晃右

 「ご縁玉」を鑑賞して感じたことは、病気を患った人が在宅療養になった時、家族や周りのあらゆる関係を持った人々が関わり、それぞれがお互いに支えあい、影響しているということです。
今回は乳がんとなり、「死」を感じながらも、命とはどうあるべきか、生きるとはどういうことかということを考えていく授業をしている、山田泉先生こと「山ちゃん」の活動の一部を見させていただきました。死への不安や恐怖があるに違いないのに、他者のために授業をしている姿に感動させられました。また、「山ちゃん」のご家族の方々の対談を聴かせていただき、私が感じたことは、ご家族の方々が思いのほか明るいということでした。「山ちゃん」がホスピスで最期を迎えた時の気持ちを、息子さんと旦那さんが話してくれましたが、一般の病院ではなく、ホスピスで死を迎えられたことでみんなに助けられ、みんながいたから家族の死を受け入れることが出来たと話されていました。「山ちゃん」が作詞した歌に「私はいのちをもらったの」というフレーズがありました。人は皆、自分一人で生きているのではなく、多くの人と関わり、支えあって生きている、生かされていると感じました。
 この映画、対談は、その人がその人らしく生き生きと過ごせるような関わりの方法を見せていただきました。

 真一さん、またお会いできますことを楽しみにお待ちしております。お忙しいでしょうがお身体を大切になさってくださいますように。

投稿者東濃ホスピス研究会 永江菊美:2009年06月26日 14:50