朝日新聞コラム「豊後ジャーナル」6月28日付④

2008年07月03日

連載中の「豊後ジャーナル」連載の4回目です。

 

転載します。


 

「もったいない!」/日常の一つひとつが宝物


 

 

今年の3月、県内のホスピスに入院した。

 

乳がんのリンパ転移で、体のあちこちが痛くなり、

 

特に右腕の痛みは耐え難かったので思い切ってお願いした。

 

 

 

そこは、病院というより森の中の別荘という感じだった。

 

由布山、鶴見山、高崎山が正面に見え、

 

中庭には小川がサラサラと流れている。

 

医師も看護師さんも笑顔いっぱいで迎えてくれ、

 

スタッフの対応があたたかかった。

 

Y医師は、こんな言葉をかけてくれた。

「山田さん、もったいないですよ」。

 

キョトンとしている私に、医師はこう言った。

 

「山田さんには、まだしたいことがあるでしょう。

 

モルヒネで痛みを止めたら、山田さんのしたいことができるのに」

 

 

 

モルヒネというと、注射を想像する人が多いが、

 

実は小さな錠剤だ。

 

朝と夜、1錠ずつ飲むだけで痛みはピタリと止まった。

 

副作用で便秘や吐き気が起きないように、他の薬も併用する。

 

すると、魔法のように普通の生活が送れるようになった。

 

 

「いいですか、山田さん。これからはご自分のできることと、

 

できないことの見極めは、きちんとして下さい。

 

でも、何もかもあきらめるのはもったいない。

 

できることは、どんどんやってください」

 

 

 

 

医師の言葉は、へこたれていた私に生きる希望を与えてくれた。

 

数日後、私はホスピスから九州大学へ行き、

 

医療関係者へ講演をすることができた。

 

講演終了後、たくさんの方から「いい話をありがとう!」と拍手をいただいた。

 

自分にもまだできることがあると思えてうれしかった。

 

 

 

医師は、抗がん剤治療に消極的だった私にこうも言ってくれた。

 

「痛みをコントロールできたら、退院して抗がん剤治療を試してみませんか。

 

効くかもしれないのに、もったいないですよ。

 

効くかどうかはやってみないと分かりませんが、

 

やらなくて後悔するより、やっておいたほうがいいと思いますよ」。

 

言葉に説得力あった。

 

 

 

 

私はホスピスを2週間で退院し、抗がん剤治療を始めた。

 

すると腫瘍(しゅ・よう)はぐんぐん小さくなり、

 

今は自宅でこうして文章を書き、体調がいい時には講演にも出かけている。

 

 

 

 

そんな時、秋葉原事件が起きた。

 

悲しかった。

 

そして容疑者を見た時、

 

なぜか私は「もったいないなあ」とつぶやいてしまった。

 

 

 

髪があり、食べ物の味がわかり、歩ける足があり、

 

見える目があり、聞こえる耳がある……。

 

そんなことの一つひとつがすごい宝物なんだってことに気づかないまま、

 

「自分ほど不幸な人間はいない」として、事件を起こしてしまったとされる彼。

 

 

 

「つらいのはあなただけじゃない。人のつらさに目を向けることで、

 

あなたは人とつながることができたはずなのに」。

 

 

そう言いたかった。




コメントをどうぞ!

暫らく忙しくてご無沙汰。その間、精力的にいろいろこなしていますね。東京での公演にいけなかった事、残念無念。何とか再演を!
①結婚の経過:楽しく拝読。お父上の、スピーデーな結婚への導入は山ちゃんの行動、やはり父上からの遺伝ではないかと思う。真ちゃんの純真た対応が嬉しい。
②それにしても、新婚旅行の行動、計画変更の凄さ。それをあれあれと思いつつ受け入れる真ちゃんの懐の深さ!いや泉ちゃんの凄い度胸。これは、それぞれ、どの子に引継がれたのかな。
③結婚生活というこれまでの二人の道筋、物語としてひきつけるものあり、本にしてよ。
④モルヒネを使い、更に、治療を進めることを勧めて下さったホスピスの先生に感謝。
 また、上京を。お宿提供します。

投稿者堀口 雅子:2008年07月04日 02:49

私が山田泉さんのことを知ったきっかけはテレビでした。末期のガンに残りわずかな命の女性と生徒さんを立ち合わせる場面でした。驚きました。小4の娘と顔を見合わせました。もう一つ、やはりテレビでした・・・NONFIXです。
今日の「豊後ジャーナル」を拝読して文末に書かれている言葉に目が留まりました。「人の辛さ」は経験しないとわかりにくいものですが・・気持ちを添わせてみるその気持ちが人と人との接点を強くするのかなぁ・・・と。
お体が元気になられて好きな事ができるとありました。うれしいです。ホスピスの先生との出会いから治療方針の転換ができたのも山田さんはいつも力を振り絞っているから・・・。周りの方はその力を感じ勇気をもらっているのだと思います。
私もパソコンを通じて勇気をもらっています。ありがとうございます。

投稿者とみた:2008年07月04日 23:58