朝日新聞コラム「豊後ジャーナル」8月2日付け⑤
連載中の「豊後ジャーナル」5回目です。転載します。
パリと日本をつなぐ「御縁玉」
一枚の五円玉がパリと豊後高田を結んだ…
そんな不思議な物語を紹介しよう。
昨年の五月に乳がんがリンパに転移し、
医師から「今のうちに、好きなことをしたほうがいいですよ」と
告知を受けた私は、頭がクラクラするほどのショックを受け、
家に帰り「これからどうしよう…」と泣いていた。
すると、一本の電話がかかった。
フランスに住んでいる乳がん友達からだった。
「久しぶり~!どうしてる?えっ?転移したの!?
じゃあ、早く家に遊びにおいでよ!」
そんなことをかる~く言う友達も友達だが、
「行くわ」とすぐに返事する私も私。
受話器を置いたかと思うと、旅行社に電話をし、
フランス行きのチケットを予約。大学生の息子と娘に電話した。
「お母さんの病気は、さらに悪くなったので、
今年の夏休みは一緒に旅行へ行くよ!」
3人の予定を調整して、八月の終わりにフランスへ行き、
アンジェという美しい街に滞在した。楽しかった。
でも、せっかくなので、花の都パリにも行ってみようということになり、
後半の1週間は、パリで過ごすことにした。
パリの街を歩いていたら、携帯電話が鳴った。
仕事でパリに来ていた京都の友人からだった。
「山ちゃん、今どこ? おぉ!偶然だね。僕もパリにいるんだ。
良かったら一緒に夕ご飯でも食べない?
ついでに僕の友達の家にも行こうよ」
偶然が重なっておもしろいことになってきた。
私たち3人は友人について夜のパリを歩き、
ホームパーティに参加した。
そこが、ヨーロッパで人気の天才チェリストの家だとは知らずに、
おいしいワインを飲みながらバッハの無伴奏組曲を聞き、
幸せ気分に浸った。
彼の名前は、エリックマリア・クテュリエル。
パリ国立音楽院に主席で入学、数々の最高評価を受けて卒業。
クラシック・現代音楽の分野においてヨーロッパで注目されるアーティスト…
と聞いても私にはよくわからないが、彼がベトナム戦争の孤児であること、
育てのお母さんも乳がんで亡くなったことは、通訳の話からわかった。
日本に帰る前夜、レストランで夕食をしていたら、
エリックマリアがお別れに来てくれた。
「山ちゃん、きっとまた会いましょう。私の扇子をあなたに預けます。
あなたも私に何か預けてください。今度会うときにそれを交換しましょう」と言って、
扇子を私の手に載せた。
娘が「では、御縁がありますように、この五円玉をどうぞ」と
エリックマリアに渡した。
3ケ月後、彼は五円玉を持って本当にわが家へやってきた。
がんの痛みが少しでも和らぎますようにと、パリからチェロを持ってきて、
チェロセラピーを毎日してくれた。
そんな話が映画になった。
映画の題は、「御縁玉」。
先月、パリの映画館で上映され、好評だったそうだ。
日本での上映はこれから。
一万キロ離れた五円玉の物語、よかったら見てね。
コメントをどうぞ!
転載頂きありがとうございました。拝読しました。
人の縁は摩訶不思議です。すぐお隣のご近所さんでさえもこんな深い縁にはならないのに・・。エリックマリアさんの生い立ちを今日初めて知りました。泉さんとエリックさんの縁はどうしても偶然にあらず。地球は広いけれど、神様はちゃんと見ておられて引き合わせてくれるんですね。
この映画は・・世界にも発信されるべきです。私もいつか観れる日を楽しみにしています。
投稿者mino:2008年08月03日 22:17
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