入院3日目

2008年08月20日

お陰様で、痛みが軽くなり、幸せ気分です。

 

Y先生は、いつもニコニコおもしろい。

 

 

 


「モルヒネはビタミン剤と思って飲んでください。」とおっしゃる。

 

さっき、ラウンジでハンカチで目を押さえていたので、

 

「どうしたんですか?」と尋ねたら、

 

 

「感動のドラマがあってねえ。あるおじいさんが、家に帰りたいというんです。

 

おばあさんも 連れて帰りますと言うんです。

 

今、見送りました。ああ、ここでは、毎日が感動なんです」と、

 

目を赤くしていた。

 

 


看護師さんも、あったかい。

 

廊下を歩いていたら、「痛みはどうですか?」と、必ず声をかけてくださる。

 

 

お風呂もお湯をはってから、呼びにきてくれる。

 

何より笑顔がいい!

 

 

 

 あ、オカリナの音が聞こえる。

 

 

隣の病室の方が亡くなっていく。

 

 

 

オカリナが上手なお医者さんが、庭で家族に吹いてあげている。

 

小さな子どもが、バタバタと廊下を走りながら、キャッキャッと遊んでいる。

 

 

 

あ、転んでぎゃあぎゃあ泣き始めた。

 

 

 

 

静かな病室だけれど、耳を澄ますと、いろんな音がする。

 

 

 

看取る家族のあたたかさが、伝わってくる。

 

 

そんな病院が大分にもある。

 

 

 

 

 

お向かいの病室の佐藤さんが、今晩旅立っていく。

 

 

 

夕方聞こえたオカリナは、佐藤さんとその家族に聞いてもらうために、

 

お医者さんが吹いていたのだった。

 

 

 

 

佐藤さんは私と同じ乳がんで、

 

8年の闘病生活の終わりの1ケ月をこの病院で過ごした。

 

 


佐藤さんには、20代の4人の子どもさんがいて、

 

みんなお母さんのことが大好きだ!ってことが、一目でわかる。

 

 

 

オカリナの音に誘われて、ベランダに行くと、

 

ベッドに寝た佐藤さんを子どもさんたちが囲んで、

 

耳元で「お母さん、あのね、あのね」と話しかけていた。

 

 

 

佐藤さんの耳には赤い小さなお花がイヤリングのようにかけてあり、

 

枕元には黄色のお花が、ぱらぱらと星のようにちりばめられていた。

 

 

 

「お母さん、今からお兄ちゃんがおもしろい話をするから聞いてね」と、

 

誰かが言うと、姉妹そろってカラカラと笑い、涙をふきながら、

 

一生懸命話しかける。

 

 

 

びゅーん、と風が吹いた。

 

 

 

庭の木の葉っぱが、ざわざわっと揺れた。

 

 

 

佐藤さんのいのちが、残された子どもさん4人の体の中に、

 

すーっと入っていったような気がした。

 

 

 

「山田さん、良かったら母の手をにぎってあげてください」

 

 

病室が近いと言うだけで、まったく知らない私のことを受け入れてくれ、

 

最後の時間を一緒にすごさせてくれるなんて…心の広い家族だなあ。

 

 

 

感激して涙がぽろぽろこぼれた。

 

 

 

 「いいんですか?」と言ったら、

 

「はい。ラウンジにあった山田さんの本、読みましたよ」

 

とにっこりする娘さん。

 

 

そっか…私のことを知っていてくれたんだ。

 

 

息子さんは、横浜からかけつけ、お母さんの手をずっとにぎっていた。

 

 

 

いのちの終わりには、家族の姿が凝縮すると言う。

 

 

 

私は、偶然、うつくしい家族のお別れの場面に立ち会えた。

 

 

今晩は眠れそうにないな。

 

 

 

扉の向こうの佐藤さんが、旅立つ時まで私も、お祈りしよう。

 

 




コメントをどうぞ!

 みんなでお祈りしましょう。佐藤さん、ご家族の皆さん、永い間がんばられたんですね、皆さんがおそばに居られてよかったですね   ありがとう。言葉がちがうけど ごめんなさい。今夜は、会った事ないけど、佐藤さんの優しい寝顔とオカリナの音を想いながらお休みなさい。明日の山ちゃん、頑張れ!

投稿者はない たけし:2008年08月20日 23:59

山ちゃん
いいホスピスでよかったね
佐藤さんの旅立ちを読んで大好きな宮沢賢治
が「雨にも負けず」の手帳に書き留めていた詩を思い出しました

「眼にていう」
だめでしょう
とまりませんな
がぶかぶ湧いているですからな
ゆうべがらねむらず血も出つづけなもでから
そこらは青くしんしんとして
どうも問もなく死にそうです
けれどもなんといい風でしょう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらがらもりあがって湧くように
きれいな風かくるですな
もみじのわが芽と毛のような花に
秋草のような波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りが何かは知りませが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば
これで死んでもまずは文句もありません
血がでているにもががわらす
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかば がらだをはなれたのですがな
ただどうも血のために
それをいえないがひどいです
あなたの方がら見たらずいぶんさんたんたる
けしきでしょうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとおった風ばかりです

この詩は賢治の臨死体験かもしれませんね

お盆を過ぎると道端や木陰に仰向けになって蝉が死んでいるのをよく見かける。あれほど一生懸命に鳴いていた蝉が今当に死を静かに迎えようとしている。大きな命の流れにすべてを任せているように、すべてを受け入れて死んでいるようの思えます。宇宙の中で命を頂き、いろんな人にいろんな生き物に出会いかかわり死さえも与えられて死んでいきます。大いなる宇宙の命の世界にかえっていくよう思えます。大宇宙に生んでもらい育てられあふれるほどの宇宙の愛に抱かれて大いなる宇宙の命の世界に帰るように思います

もう一つ好きな詩をご紹介します
吉野弘さんの詩です

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不手分で
虫や風が訪れて
めしべやおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者か
光をまとって飛んでくる
私もあるときは
誰がのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
(詩集「北入曽」青土社)

みんな補い合って生きている。一人では不完全。宇宙はみんな補いながら生きていることをいつもどこでも教えてくれている。みんな繋がっている生きている人も亡くなった人も。すべて網の結び目のように繋がっているんだね。死んだら肉体を失うだけ。肉体を失ってもみんなと繋がっているんだよね。生と死は形が違うけど本当の自分はあるんだよね。

山ちゃんのホスピス体験記を読んでちょっと心に浮かんだことを話したくてメールしました。生と死の境を越えた先人たちの智慧に感謝したいですね

投稿者こっきー:2008年08月21日 01:45

山ちゃん、今日は体調どうでしょう?入院日記を読んでると、病院が美しい場所だと伝わってくる。悲しみがあっても、それを包み込むひとの心のやさしさに、山ちゃんの心が安らいでいるのが伝わってくる。それを読んで少しホッとしてます。わたしは8月2日の名古屋講演の聴衆の一人。でも著書を読んだから、山ちゃんをすっかり友だちのように感じてます。もし一人で抱えきれないしんどいことがあるときは、きっと飛んできて一緒に考えてくれる人。寄り添ってくれる人だと。子ども達はそれを見抜くんだね。山ちゃんは音楽の人かな。成り行きが好きで、どんな人も端役にしておかない。観客にしておかない。当事者にしてしまう。テレビのクルーたちも先生にしちゃうし、誰にでもいつでも、パッと立ち直る機会を与えてくれる。素晴らしい指揮者は、棒を振らなくても、みんなの前に立つだけで心を掴むというけど、山ちゃんはそうなってる。わたしも山ちゃんと一緒に歌いたい、一緒に生きていきたいと思う一人だよ。健ちゃんのように強力なチェロパワーはあげられないけど、毎朝毎晩、そしてふと思い出すと「山ちゃんが痛くないように…山ちゃんが元気が出るように…」って祈ってる。きっと日本の、世界のあっちこっちからそんな想いの波動が山ちゃんを包んでると思う。山ちゃん、夜中にふと目が覚めて眠れない時は、その時もあなたを思ってる誰かが居るのを思い出してね。では又ね。 

投稿者みけりん:2008年08月21日 04:32

おはようございます。
病院での様子 ブログから拝見してます。
痛み 軽くなられて良かったですね。
病院のホームページから院長先生の院内講演会の文章を読みました。素晴らしい先生と病院ですね。大分 いいな!帰省して義母たちに逢いたくなりました。

投稿者さえの叔母 H・C:2008年08月21日 07:15

 山ちゃん、ありがとうございました。
『泣いても一日 
 笑っても一日 
 一日をどう生きるか 
 それは私にも あなたにも 
 同じように大切なことです』

 山ちゃんからいただいた言葉を
 子どもたちと大切にしていきます。

 同僚たちも山ちゃんの本を読んでいます。
山ちゃんの思いをみんなが共有できたら、とても素敵な学校になるにちがいありません。

 みけりんさんが、「あっちから、こっちからそんな想いの波動が山ちゃんを包んでいると思う。」とコメントされていますが、山ちゃんから発せられた『いのちの調べ』は、波動となって多くの方たちに広がり、その想いはいつも山ちゃんと共にあるのだと思います。

 私は、山ちゃんから発せられている『いのちの調べ』を、子どもたちの心に届けたい。

 山ちゃんの『いのちの調べ』から繋がる多くの素敵な方たちの想いにも出会わせたい。

『山ちゃんのいのちの授業』は、ずっとずっと続いていくのです。

 山ちゃんのブログは、『いのちの慈しみを伝える山ちゃんの教科書』です。

 『尊い尊い教科書』です。
 
 山ちゃんの思いを、大切に大切に子どもたちに伝えていきます。
 山ちゃん、ありがとう。

投稿者堀口 正子:2008年08月21日 10:50

山ちゃんこんばんは!
病院の様子や佐藤さんの旅立ちの様子に、光景が鮮明に浮かび涙なくして読むことができませんでした。
私は佐藤さんのような家族づくりが全くできておらず、
反省と自己嫌悪に……。
「明日から心を入れ替え頑張らなくては!」  ……………… 

  と、何度思ったことでしょう。(恥)


山ちゃん、少し痛みが和らぎ、原稿等を書いたりとお忙しのでしょうか?
ご存知でしょうか?もし時間があったら、やっくんブログの7/28付の読者のコメント(紅白wineさんの6:53のコメント)の
→いのちの森をつくろう  と
→いのちの森をつくろう!インターネット版  
  のところをクリックしてみて下さい。
北海道の池田町民の
「生きていくことのすばらしさ、生きることの意味」について考える取り組みが紹介されています。
私は、みなさんのメッセージを読んでいるだけでも幸せな気持ちになります。全国ではさまざま取り組みがあるのですね。

私は山ちゃんの”ひとりから”の言葉に支えられ、
小さなことからですが、少しずつ行動を起こしています。

投稿者小田原A.M:2008年08月21日 21:16